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zoom RSS 肥後 鞠智城(きくち)からの推定

<<   作成日時 : 2014/10/17 05:53   >>

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鞠智城は、7世紀後半に大和朝廷が築いた山城である。『続日本紀』に記載されている。663年の「白村江の戦い」に大敗した大和朝廷が日本列島への侵攻に備え西日本各地に築いた城の一つである。九州を統治していた大宰府やそれを守る大野城・基肄(きい)城に武器・食糧を補給する支援基地とされている。周囲長3.5kmは大廻り小廻り山城の周囲長3.2kmに近似している。面積55ha。八角形建物跡や72棟の建物跡、貯水池跡、土塁跡などが発見されている。


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