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zoom RSS 備後の二城が『続日本紀』に記録され、備中・備前が記録されていない理由は、を追記しました。

<<   作成日時 : 2014/09/09 07:41   >>

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『続日本紀』養老3年(719)12月の条 「備後国安那郡の茨城(いばらき)、葦田郡の常城(つねき)を停む」。 719年での廃城記録。二つの山城の機能を完全に停止させたという記録。
廃止するということは、城を持って敵を防ぐという防御網を破棄したことを意味している。狩野久説(岡山大学教授)
常城
 広島県芦品郡新市町大字常と府中市本山町にまたがる標高約500mの火呑山。
茨城
 福山市の北方、蔵王山と地主山に比定。
    豊元国(府中高校教諭)説 『奈良時代山城の研究』 1968年

備後の二城が『続日本紀』に記録され、備中・備前が記録されていない理由は、備後の重要性にあります。

@ 尾市1号古墳(新市町) 正八角形墳(対角長15m)
A 芦田川下流域(福山湾岸)に、「吉備品治国」と「吉備穴国」が6世紀後半に成立。

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備後の二城が『続日本紀』に記録され、備中・備前が記録されていない理由は、を追記しました。 草ケ部 大廻小廻山の考察 菊山城説/BIGLOBEウェブリブログ
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