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zoom RSS 正史に記録されている山城 白村江の戦いに大敗

<<   作成日時 : 2014/08/12 18:56   >>

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663年の朝鮮半島の白村江(はくすきえ)の戦いは斉明女帝の戦争。

660年に百済が唐と新羅に滅ぼされた。
倭国は百済と有効関係にあった。

百済復興のために王自らが戦争に赴く(親征)
最高指揮官は中大兄皇子(後の天智天皇)
戦争に突き進み、遂に壊滅的な打撃

天智2年(663)8月の白村江の戦いに大敗。

『旧唐書』「その舟四百艘を焚き、煙焔(えんえん)天にみなぎり、海水皆な赤し」と記録されている。

戦死者の血によって海の色が真っ赤にそまったという状況描写である。
倭国の兵は三万七千人。捕虜になった兵もいます

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