草ケ部 大廻小廻山の考察 菊山城説

アクセスカウンタ

zoom RSS 発見者 荒木誠一 先生

<<   作成日時 : 2014/08/12 18:43   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

荒木誠一氏

   (明治18年〜昭和11年)

  『改訂赤磐郡誌』 昭和15年発行の著者

朝鮮式山城説

白村江の戦いに失敗してより、一時朝鮮より手を引いたが、勝ち誇った高麗は、唐の援を得て、我国に侵入しはしないかと云う心配が起り、先ず大宰府を中心として、諸城を築き、第二段としては、皇居を中心として、防御を堅めたのである。

吉備真備の建議説。

画像


画像

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
発見者 荒木誠一 先生 草ケ部 大廻小廻山の考察 菊山城説/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる